Pipette Vol.9 Autumn 2015
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4怖くて、恐怖があったんです。ぼくはどうなるんだろうと。でも、おかげさまで、医療が進んでリニアック(放射線治療)という機械が治してくれました。それで、今、高座に出ると、頭(枕)の10分は喉頭がんの落語なんです。病気を落語にするというのはすごく難しいんですけどね。がんになる方はとても多いですから、「検査したほうがいいですよ」って。検査は面倒臭いし、お金がかかると考えていらっしゃると思うので、「いやぁ、それほどお金もかからないで検査できますよ」って。それを盛んに高座から言っているんです。落語というのは物語で、日常生活と関係ないですけれども、演者が頭で社会的なことを面白く包んで言えば、けっこう役に立つとぼくは思っているんです。「じゃ、検査に行ってみようかな。なんか、おかしいからなあ」ってお客さんが思うでしょ。―厚労省からお墨付きをもらいたいぐらいですね。ほんと、もらいたい(笑)。検査をすすめる落語家なんかほかにいないじゃないですか(笑)。がんには小言が特効薬?―喉頭がんは通院治療でしたが、師匠は入院も経験されているのですか。ええ。前の胃がんのときに20日間、肺に水が入って40日間、入院しました。私はこういう職業なんでね。がんを見据えて、いつもがんに小言を言っていたんですよ。「なんでぼくの体の中に入ってきて、ぼくの人生の邪魔をするんだ。ぼくにはやることがいっぱいあるし、お弟子さんが10人もいて、教えることもあるし、役に立たなくちゃいけないのに、ぼくの人生の中に入ってきて。いい加減にしろ、出てけ!」って。喉頭がんになったときも、朝起きると、声は出ないんですけれども、がんに向かってかすれ声で「出てけ!」って。いつも、ぶつぶつ言っていました。その話をお医者さんにしたら、「それが元気になる元ですよ」って言われました。病気に小言を言う人なんていませんからって。―免疫力が高まり、抵抗しようという気持ちになるからでしょうか?ぼくが病気に小言を言うと、体の細胞は全部開いて、小言を聞いていると思っているんです。それで早く治るんじゃないかと。「ぼくの中にいるんじゃない!なんだ、第一、格好悪いじゃないか。出ていってくれ」。主治医の先生が「すごく面白い」って言ってくれました。「がん、何するものぞ」と思ったのは、私が小学校1年生のときに東京大空襲を体験しているからです。街が一夜にして焼けてしまった。昭和20年です。おばあちゃんの手を引いて、焼け跡の中を駆けずり回った記憶があります。そのときに体験した恐怖、子ども心に死ぬかもしれないと思った怖さ、そういう経験があるんです。病気というのは自分の体の中のことだから、もちろん命にかかわることではあるんですけれども、逃げながら、どんどん迫ってくる恐怖とは、大きさが違うんです。だから、ぼくは死生観が、大空襲のときにバチッと決まってしまった。「あれに比べれば」と、いろんなことで大変なときに、比較しているんですよね。喉頭がんのときにも、「また、がんになった……。だけど、あのときに比べたら、これは治せる。医療も進んでいるから大丈夫だ!」と。なんでぼくの体の中に入ってきて、ぼくの人生の邪魔をするんだ

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